日蓮大聖人
御聖訓集

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御報恩御講拝読御書
 
 令和二年 六月度
 
 令和二年 五月度
 如説修行抄(にょせつしゅぎょうしょう)文永十年五月 五十二歳
 末法(まっぽう)始(はじ)めの五百歳(ごひゃく)には純円(じゅんえん)一実(いちじつ)の法華経(ほけきょう)のみ広宣流布(こうせんるふ)の時(とき)なり。は闘諍堅固(とうじょけんご)白法(びゃくほうおんもつ)隠没の時(とき)と定(さだ)めて権実(ごんじつ)雑乱(ぞうらん)の砌(みぎり)なり。敵(かたき)有(ある)時は刀杖(とうじょう)弓箭(きゅうせん)を持(たも)つべし、敵(かたき)なき時(とき)は弓箭(きゅうせん)なにかせん。今(いま)の時(とき)は権教即実教(ごんきょうそくじつきょう)の敵(かたき)と成(な)る。一乗(いちじょう)流布(るふ代(よ)の時(とき)は権教(ごんきょう)有(あ)って敵(かたき)と成(な)る。まぎらはしくば実教(じっきょう)より之(これ)を責(せ)むべし。是(これ)を摂折(しょうしゃく)の修行(しゅぎょう)の中(なか)には法華折伏(ほっけしゃくぶく)と申(もう)すなり。                                  
             
御書六七二ページ一五行目~一八行目
 
 令和二年 四月度 
 
三大秘法稟承事さんだいひほうぼんじょうのこと  弘安五年四月八日 六十一歳
 
題目だいもくとは二意り。所謂正像末法となり。正像には天親菩薩てんじんぼさつ竜樹菩薩りゅうじゅぼさつ
題目えさせいしかども、自行計りにしてへてさてみぬ。像法には南岳天台等は南無妙法蓮華経ととなたまいて、自行にして化他かず。
是理行これりぎょう題目なり。末法って今日蓮ふる題目前代なり、自行化他に亘<りて南無妙法蓮華経なり  (御書一五九四ページ一六行目~一五九五一行目)
 
 和二年三月度 
 新池御書弘安三年十二月 五十九歳 雪山(せっせん)の寒苦鳥 (かんくょう)は寒苦 (かんく)にせめられて、夜明けなば栖(す)つくらんんと鳴くといえども、日出でぬれば朝日のあたゝかなるに眠り忘(わす)れて、又栖(す)をつくらずして一生虚(むな)しく鳴くことをう。一切衆生も亦(また)復(また)是(か)くの如(ごと)し。地獄に堕(お)ちて炎にむせぶ時は、願(ねが)わくは今度人間に生まれて諸事(しょじ)を閣(さしお)いて三宝(さんぽう)を供養し、後世(ごせ)菩提(ぼだい)をたすからんと願へども、たまたま人間に来る時は、名聞(みょうもん)名利の風はげしく、<仏道修行の灯は消えやすし(御書一四五七ページ一四行目~一八行目)
 
令和二年二月度 
日女御前御返事(にちにょごぜんごへんじ)弘安元年六月二十五日 五十七歳 黄河(こうが)は千年(せんねん)に一度すむといへり。聖人(せいじん)は<千年(せんねん)に一度(いちど)出づるなり。仏は無量劫(むりょうこう)に一度出世(しゅっせ)し給(たま)ふ。彼には値ふといえども法華経には値(あ)ひがたし。設ひ法華経に値(あ)ひ奉(たてまつ)るとも、末代(の)凡夫(ぼんぶ)法華経の行者には値(あ)ひがたし。説(たと)ひ法華経に値(あ)ひ奉(たてまつ)るとも、末代の凡夫(ぼんぶ)法華経の行者には値ひがたし。
  (御書一二三二ページ一一行目~一三行目)
 
  令和二年 一月度 
最蓮房御返事
(さいれんぼうごへんじ)
文永十年一月二十八日  五十二歳
 
法華経行者(ぎょうじゃ)信心(しんじん)退転
(な)(み)詐親さしんく、一切法華経せて金言修行せば、たしかに後生ごしょうすにおよばず、今生こんじょう息災延命そくさいえんめいにして勝妙しょうみょう大果報だいかほう広宣流布大願をも成就すべきなり。
  (御書六四二ページ六行目~八行目)
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